この数年で目にする・耳にする機会はぐっと増えたかな?と思いますが、「オヤ(oya)」はトルコの伝統的な「縁編み」全般を指す言葉です。転じて「手先の器用な」、「繊細な」、という意味を表すこともあります。何の「縁」かといいますと、スカーフの縁です。トルコは1923年の共和国成立後からは政教分離を原則としていますが、セルジューク朝→オスマン帝国と続く流れから、イスラム教徒の人がほとんどです。イスラム教徒の女性は髪の毛を隠すため、スカーフを被る習慣があります。そのスカーフの縁どりをするために使われ、発展してきました。
花や果物、身の回りの物などの身近なモチーフを表現し、スカーフの色柄に合わせて縁取りををしていきます。そのモチーフには作り手の想いが込められており、住む場所によって作られるものは違っていました。
ぬい針を使った編み物は中央アジアでも紀元前からあったようですが、オヤはシルクやコットンの布の端を糸と針でかがる際に、その延長で作られたものです。後述するように、いくつかの分類がありますが、縫い針を使った「イーネ・オヤ」が最も古いです。
現在では地域色は薄くなってはいますが、伝統を繋いでいこうと頑張っている人たちもいます。
英語圏では特にイーネ・オヤを指してTurkish Needle Lace と呼ばれたりしています。
近年、「オヤ」は元々「縁編み」なのだから、アクセサリーなどのために1部分、1モチーフだけ取り出して作成したものなどは「縁編み」ではないから「オヤとは呼ばない!呼べない!」とする人も出てきています。考え方は人それぞれなので、それが正しいのか正しくないのかはさておき、個人的には「ああいうもの」全部ひっくるめて「オヤ」でいいんじゃないのかな、と思っていますので、ここでもその立場(&用語の用法)をとっています。 なによりトルコ人がそう呼んでいますので・・・
そして、私はその用法の立場をとる以上は、アクセサリーに転用している単体モチーフであっても全て「オヤ(縁編み)として使用できること」にこだわって作るようにしています。
オヤにはいろいろな種類があり、技法・使うものによって名前が違います。
本来ならイーネ・オヤ「ス」というように接尾辞がつくのですが(「縫い針“の”オヤ」という意味)、日本では接尾辞がつかない形で既に広まっているので、わかりやすいようにここでも省いてあります。)
スカーフの場合、「完全なものは神にしか作れない」とのことで、一部だけ色やパーツ、モチーフを変えたりしているものもあります。
糸はもともとはその地でとれたシルク(絹)糸を使用していました。ですが段々とポリエステルやナイロン糸が普及し、それに伴い、長い糸で一気に編み上げるトゥーオヤの作り手が増え、イーネ・オヤの作り手は減少傾向にあります。
絹糸、木綿糸、化繊糸いずれもメリット・デメリットがあります。
作る際にはモチーフ、糸色、スカーフをそれぞれ合うように選び、カラフルであっても一体感を持たせるようにするのが主流です。
イーネ・オヤは縫い針(=イーネ)を使って糸を結んで作るレース編みです。編むというより「結ぶ」といってもいいかもしれません。短い糸を足しながら編み進められるので長い1本糸である必要がなく、トルコ各地のシルク糸の産地で発展してきたものです。スカーフや布の端を処理する縁かがりの延長のため、オヤの中では最も古くからある技法で、その分地域ごとのバリエーションも多いです。
平面と立体があります。いずれも基本は変わらず、ひたすら結び目を作っていくことで模様が出来上がっていきます。
日本の書籍では右から左にモチーフを作っていくことがほとんどですが、トルコでは左から右に進む人もかなりの割合でいます。左から右方向で記載してあるトルコの書籍もあります。平面の場合、オヤ自体に裏表は特にないことが多く(スカーフの表=表なので)、どちらの方向にもメリット・デメリットはありますので、試してみて自分の得意なほうで進んでかまいません。
きれいに目をそろえるのはなかなか難しいですが、作った結び目の数だけ上達しますので、最初から「出来ない!!」とあきらめないでください。
平面と立体があります。
トゥー・オヤとは、極細かぎ針(レース針=トゥー:21〜23号 0.55-0.45mm)を使って細いオヤ糸を編んでいくオヤです。一般的なレース編みと同じところもあり、違うところもあり・・・。長ーい糸が出来るようになってから発展してきたものと言われています。編地をくるくると返しながら行ったり来たりで一筆書きのように模様ができていくのが非常に合理的です。
トルコ人は日本のチューリップ社の極細かぎ針を愛用しております。日本では流通していない(またはしていても高い)号数の細いものが、トルコでは普通に売られています。
オヤ糸自体が細いので、糸を割って編んでしまわないよう、注意が必要です。左手にかけた糸のテンションを緩めないよう、きっちり張って編みましょう。
いわゆるヘアピン・レース。U字型のピンを使ってかぎ針で編みます。出来るモチーフのバリエーションは少なく、地方によってはイーネ・オヤのベースとして使われたりしています。
私がトルコで実際に編んでいる人を初めてみたのはこのフィルケテ・オヤでした。しかもこのモチーフ。しかし色合いが緑ベースにピンク、という、、、日本人には思いつかない組み合わせでした。
メキッキ・オヤはシャトル(=mekik)に糸を巻いてそれを芯糸に巻き付けて結び模様を作る、いわゆる「タティングレース」です。タティング・レースと違うのは、「目を移す(トランスファー)」という作業がありません。なので、左手に持った芯糸にシャトルをくぐらせるだけです。タティングと同じように、リングを作ったり、チェーンを組み合わせたりします。
線の模様だけでなく、面を糸で埋めてお花や葉っぱなどを表現することもあります。これはトゥーオヤやイーネオヤの影響だと思います。
手がいたくならず、目も疲れないので、なぜ廃れていったのかは定かでありませんが、芯の入ったわりと硬めの仕上がりのため、スカーフに縫い付けてもイマイチだったのか、それともできるモチーフが多くないことからか、どちらかなのかなと思います。また、オヤはもともと家事の合間などにするので、途中でストップできるのも大事な要素。下の右写真のような糸渡しをしている最中で止めることはなかなか難しいので、それも廃れた要因の一つなのかなと思います。
スカーフではなく、タオルの縁飾り(ハウルケナル)としてはよく使われています。
・・・と、書いていたのですが、最近自分の手持ちの資料を読み直した結果、タティングレースと同様に「目を移す」方法もメキッキにはあることがわかりました。メキッキ=シャトルなので、技法はなんであれ、それで出来たオヤは「メキッキ・オヤ」なのでした。詳しくはこちらのブログ記事で。
ビーズ(=ボンジュク)を使ったオヤ全般をボンジュク・オヤと呼びます。技法は様々で、かぎ針、縫い針、シャトル、Uピン、どのオヤにもビーズを編み込めば「ボンジュク・オヤ」と呼べます。
ビーズは古来から魔除け(邪視よけ)のためにもつかわれており、中央アナトリア、カッパドキアなどがボンジュク・オヤで有名です。白いガーゼにつけるのが伝統的ですが、「田舎っぽい」とのことで一時期廃れました。その後カラフルな布地にもつけるようになり、2003年くらいには都会でも少しリバイバルしたようですが、現在ではアクセサリーとして使われているのをよく見ます。
ビーズの色を1つだけ変えたりして、ナザル・デーメシン(nazar değmesin)やナザルルック(nazarlık)と言って、邪視除け、魔除けを表すものもあります。わざとのミス。完璧なもなのは神だけにしか作れない、という意味あいもあります。
ビーズを糸に先に通しておく必要がありますので、そこが非常に面倒くさいですが(トルコ人も面倒だと言っていました)、編むのは簡単です。
ボンジュク・オヤの一種といえなくもないですが、こちらはスパンコールを使います。
オーガンジー素材のリボンなどを使ってお花を作ります。
ただし!この内容、「どんなオヤのモチーフがあるのか?」は、もう、数えきれないくらいあります!!
オーソドックスなもの、伝統的なもの、一部の地域にしかないもの、個人的に考えられたもの。
さらにネット社会になり様々な技法を簡単に取り入れることができる時代になったため、もうホントに、進化しっぱなしといっても過言ではありません。
モチーフの名前や編み方も地方によって異なります。これが絶対正しい、というものがトルコ全土で共通なわけではありません。同じものも違う呼び方をしたり、同じ名前のものにたくさんのバリエーションがあったりします。
モチーフ同様、編み方の名称についても何が何を指すのか、日本のように共通ではなく様々なバリエーションがあります。日本の二倍の国土ですから、特にこのような口伝的な手芸で用語が統一されていなくても当然かもしれません。
トルコでもオヤが再注目され始めたのは近年。
長らく伝統として続いてはいましたが、女性全員がやるというようなものではなく、都市部の方はやらない人がほとんど。
トルコにおいても現在では「親から脈々と受け継いで」、という人よりは「市民講座で習う」ほうが一般的かもしれません(それゆえ用語などは段々と共通認識が出来てきているようで、それはありがたい話です)。
「日本人=着物で生活」が既に過去のものと同様、「トルコ人女性=オヤが編める」、というわけでは決してありません。ご近所にトルコ人女性がいても、「なんで出来ないの?」などと詰め寄らないでくださいね! 以前、何人かのトルコ人にボヤかれました(笑)
外部からの「再発見」で新たな価値が創造され残っていくのも、それはそれで素敵なことではないでしょうか。
おかげで、はるか離れた日本でも簡単に挑戦し、日常生活に取り入れることが出来るようになっています
(*´∀`*)
ハウツー本でないものは、日本語でもトルコ語でもとても少ないです。
ハウツー本は日本のほうがきれいで見やすく、丁寧だったりします( *´艸`)
【概説本】
*『新装版・世界手芸紀行』(日本ヴォーグ社)2023
←2017年の第一弾の復刊版
*『トルコの伝統手芸 縁飾り(オヤ)の見本帳 』(石本寛治・石本智恵子/高橋書店)2016
*『トルコのちいさなレース編み オヤ: 受け継がれるイーネオヤをつくる楽しみ』(野中幾美/誠文堂新光社)2014
←様々なオヤの種類や古いものについてとても詳しく、読み物としてもハウツー本としてもオススメです。
【イーネオヤ関連】
【トゥーオヤ関連】
【メキッキオヤ関連】
現状日本では七海さんの一冊しかありません! 基本については私のテキストも販売していますので、ご参考までにどうぞ★
【ボンジュクオヤ関連】
ハウツーとしては西田碧さん(とC.R.K.デザインさん)のビーズシリーズ(ボンジュク・オヤ)が順調に出版されています。最初のうちはトルコでも伝統的&一般的なモチーフの紹介やアレンジが多かったですが、最近はオリジナルでとても素敵な作品を作られています。ネット上ではこちらで紹介されているオリジナルモチーフを「伝統のモチーフ」と言っている方もいらして、、、それはすぐバレますのでご注意くださいね(笑)
【トゥー&イーネ】
トルコ文化センターの「イーネオヤ・トゥーオヤ」はどちらも学びたい人にぴったり。トルコ人が選んでいるので、「らしい」モチーフが多いです。
【イーネダンテル】
イーネオヤとほぼ同じ技法で、イーネダンテルという編み物もあります。ダンテル=レース編みです。